あたしは村上春樹のファンだけれど、とくに彼が訳した本を読みたいと思ったことはない。
でも多分エッセイだと思うんだけれど、自分が訳した『心臓を貫かれて』という本はとても面白いので機会があったら読んでみて下さい的なことを書いていた。

内容は、アメリカで死刑になった殺人犯の実弟が書いたノンフィクションということ。


なんとなく昔っから殺人犯の心理に興味あったので、機会があればと思っていたら、なんとミッドタウンの図書館にあったので借りて読んでみた。



まず読み終えてびっくりしたのが、この本を最初に訳してくれと言ったのが、村上春樹の奥さんだということ。
この本を買った当時彼らはアメリカに住んでいていて、奥さんがたまたま本屋で面白そうだから、英語の勉強になるからという理由で購入されたという。

でも翻訳本、2段で合計600ページもある長編(役者後書き入り)。原書は416ページとなっているんだよね。

ということで読み応えたっぷり。

この、普通に死刑になった死刑囚、ゲイリー・ギルモアがなぜ有名になったのかというと、1977年のアメリカでは合法的に死刑はあっても、廃止の世論が強く、10年間死刑制度は使われていなかった。つまり死刑=終身刑という図式ができあがっていた。でもゲイリーは判決通りに処刑されることを求め、それも銃殺刑を求め、これがアメリカ全土に衝撃を与えることになり、そのニュースは全米のみならず、日本でもトップニュース扱いだったらしい。

そんな彼の実弟は世間からどんな扱いをされ、また自分の家族の過去をめぐり、どうしてこうなってしまったのかというのを淡々と書いている。

この本の舞台はユタ州。
ユタと言えば、モルモン教の総本山があって、酒好きのあたしはぜったいに行きたくない(行けない)州になっている。

個人的にモルモン教ってどんなのか知らなかったけれど、実は比較的新しい宗教であり、でも中世的要素、つまり「生け贄」的観念というのか「血」を流さないことにはいけない的なところがあって、けっこう血なまぐさい歴史がある。

このギルモア家のお母さん含めた実家がモルモン教の人たちで、読み進めていくうちに、実にモルモン教の教書『モルモン書』と似たようなストーリー展開されていくんだけれど、これは本当にノンフィクションなんだろうか?
ただ単に呪われた一家とか、トラウマうんぬんとはいえない「宿命的何か」が作用されたとしかいいようがない話になっている。

アメリカの歴史は開拓の歴史で、そこには血なまぐさいことなんて日常茶飯事だっただろうし、ましてや中部あたりなんて想像がつかない「何か」が作用しているところだろう。 怨念とか、神懸かり的な何かが。 どうしてゲイリーが破壊的性格になり、最終的には殺人まで犯して死刑になってしまったのか。 簡単に言えば 1)親からの愛情不足 2)育った環境 3)親(とくに父親)からの意味のない暴力 を繰り返し幼年期に受けてきたことにより、まさに性格、人格崩壊。 幸い一番年下のマイケル(著者)は、父親が61歳のときに生まれた子どもだったから、父親から愛情を注がれ、意味のないせっかんは受けずに育ってきたので、上3人の兄たちとはちょっと立場が違う。 一番上の兄は母親の面倒を見ることで人生を費やし、2番目のゲイリーと3番目の兄は破壊的人生を歩み、最終的には「殺された」。 ハーレムに限らず、裕福でない層が集まっている場所では、愛情に飢えた子どもたちが多いと思う。でも、そういう子どもたちに愛情を注げば更生できるはずだと思うけれど(実際にそういう子どもたちも多いから)、でも「話はそんなに簡単じゃない」人たちもいるということを、この本から学んだような気がする。 ゲイリーは殺されることによって、やっと「自由」を手に入れることができたというのは、胸が痛い。 最初はなんだか村上春樹的小説だなと思ってしまったけれど、もちろん訳者が彼なので、そういう作用はあるとはいえ、読み進んでいくうちに物語に入り込んで、誰が訳したのかなんて全く関係なく、とにかく寝不足にしてくれた小説だった。 もう一つこの物語の面白いところは、死刑された後に、この本の著者であるマイケルが世間からどのように見られたのか、という部分が書かれていたことだとも思う。 殺人犯の弟なんだから「お前もそういう要素はあるよな、あるはずだし、あって当たり前」的扱いをうけていたと。そして著者は、音楽雑誌ローリングストーンなので活躍しているライターなので、その辺りもまた余計に注目を集めた要素になったのではないだろうか。 もう一度読み返したいとは思うけれど、ちょっとしんどいなあとも思えるし、いっそのこと原本で読んでみようか。 星5つ★★★★★ 洋書はコチラ